2004年11月17日水曜日

タクシーの後席からモダンリビングを想う

ここ数日非常に多忙で、毎日タクシーで帰宅している。

折角だから、いろいろなクルマを選んで乗るようにしているのだが、最近増えてきた日産のTEANAに初めて乗ってみた。



Matt Bianco(もともとMichael McDonaldだっけ)の音楽でTEANAを連想できるくらい都会的でクールな印象を刷り込まれていたし、6ライトの前後に長いキャビンは、FFのメリットを生かしているようで好感をもっていた。実際に座ってみても、内装の質感はなかなかだし、肩の高さで内装が薄手になっていて、ルーミーさを演出している点が気に入った。


しかーし、30km/h以下でとにかくハーシュネスがキツイ。それ以上では目地もタンタンと乗り越えて行くのだが、妙に上下の振動の周期が速くて、午前様のカラダに応える。そのうち、肩甲骨から上のところで後ろにそっくり返るバックレストのせいで、座面に体重が集中する。すると、平板な座面の表皮が、クッションと分離して前にずれ始める。何なの、この椅子は?カッコばっかじゃん。

週末に日産のテスト系の部署にいる旧友に会ったときにも、椅子のヒドさを指摘していたのを思い出した。彼がいうには、とにかく上体が落ち着かないんだそう。ヘルメットをかぶってようやく頭がヘッドレストに当たるといって僕らを笑わせた。つまり僕が後席で受けた印象と同じだ。

椅子もさることながら、椅子とサスペンションのマッチングがとても悪い。椅子とサスペンションが同じ周波数で振動するので、とにかく落ち着かない。解決策としては、よりホイールレートをプログレッシブにして、サスペンションの動き出しはもっと柔らかくするか、椅子自体を柔らかくして、周波数を下げて、とにかくサスペンションと共振しないようにするべきだ。もう一度フランスのクルマぐらいもういちど研究してほしい。キャラ的にもCitroenあたりとかぶるだろうし。


つまりTEANAは、動いていないときにCMで見たりショールームでみるのはよい。でも使ってみると、かなーり使いづらい。

これってモダンリビングとある意味一緒では?でも、そこまでモダンリビングに殉じたのは、誰のエゴなんだろうか。


・・・というわけでTEANAに懲りた僕は、本日は四角くて小さくて旧いCORONAのタクシーで帰ってきた。もちろん、こっちの方がまだ楽だったので、こうしてentryしていましたとさ。


2004年11月15日月曜日

紀宮さま婚約

お相手の黒田さんは、InterClubレースのオフィシャルを務めておられたようだ。

市井にやんごとなきひとあり。

まずはおめでとうございます。



2004年11月11日木曜日

6a Piacere Giulietta

11月7日の日曜日に、約半年掛けてちょっとずつ準備してきたピアチェーレ・ジュリエッタが、絶好の天気のもとで無事開催された。

43台の参加、それも本当に素晴らしいコンディションのクルマばかり。本当にサイコーの一日だった。



ご参加いただいたみなさん、素晴らしいロケーションを貸してくださったMさんとあたたかくサポートしてくださったスタッフのMさん、Giulietta50のロゴ使用やDisco Volante展示を快諾してくださったFAJサラさん、美味しいケータリングを用意してくれたデ・ル・デビューのみなさん、そしてこの機会を与えてくださったS先生とTさんなどには、本当に感謝してもしきれない。


裏方冥利に尽きたのは、Gさんが帰りがけに僕に握手を求めながら「千葉某パークをイベントに使ってくれっていわれてるから、何かやってヨー」といってくれたこと。僕はイベント屋じゃないよーとかいいつつ、イベントに満足したことを伝えてくれたことがとても嬉しかった。

今回のPGは、最近仕事面でパッとしていない僕にとっての、2004年最大の収穫になるのではないかな。


2004年11月2日火曜日

トヨタ MarkX/Mark IIとJaguar

トヨタ マークXのティザーCMがはじまった(エックスと呼んでいるけど、テン(ローマ数字の10)になるらしい・・・と某メーカーのマーケターからきいたが、やはりエックスのようだ)。戦後日本総中流社会の象徴たるマークⅡをrenameするということらしい。



でもさぁ、ジャガーじゃあるまいに、なぜイギリス風のMarkからはじまるMark IIMark Xなのだろうか。

そもそもコロナってクルマがなくなった今、何の2型・10型なんだろうか。2から10に何で急に飛んでしまったのか。謎は深まるばかりだ。

かつて、三菱自動車がギャランΛ(ラムダ)を出したときに、Lancia Lambdaを知ってて敢えてその名をつけたのか?というのがちょっとした議論を呼んだが、そのときと同じ心象をもって受け止めざるを得ない一件である。