2008年1月27日日曜日

piloti, che gente...

Dsc00513 ふと1年に1回ぐらい思い返すのは"piloti, che gente..."(Enzo Ferrari著、1983年)。
おそらくは、口述筆記によるものだろう。数回リプリントされたが、僕のは1984年の英語版初版のようだ。





この本は、Enzoがコース上で戦った、あるいは彼のチームの騎士として戦ったレーサーたちについて記した、彼の1人称による回想録である。
時に同志、時に父親のような語り口で、レーサーたち(piloti)を人間(gente)として回想しながら、Enzo自身もまた、序章に記した問いの答えを見つけようとしているようだ。
その問いとは、いったいレーサーとはどんな生き物なのかということである。
彼らは普通の人間でありながら、旺盛な競争心をしてリスクを許容するばかりか楽しんでしまうのが、他の人々と異なる点だという。そして終章で"racer(s) are some
people...(piloti, che gente...)"と記し、多分人生の意味がリスクや競争そのものなのだろうと結んでいる。





Dsc00516
この本が出版された1983年は、Gilles Villeneuveが亡くなってから間もなくのこと。彼については、Nuvolariに次いで多くページが割かれており、彼を失った喪失感がこの回顧録の原動力であることが窺い知れる。
Gillesが"natural"な戦士であると直感した、Enzoの見立てが外れていなかったことを滔々と語りながら、その悼みを鎮めるかのようだ。


Dsc00514もちろんAlfonso de Portagoについても記されている。
彼に関してEnzoがずっと忘れないのは、いつもくたびれた革ジャンに無精髭姿の雑然とした身なりだったにもかかわらず、そこからでも紳士然としたイメージがそこはかとなく感じられたことだそう。
そんな彼への憧れがあって、僕は(臆面もなく)彼の名前をメアドやハンドルに使っているが、もちろん現実は遠い。


最近のF1ドライバーには"real man"がいないといわれて久しいけれども、天国のEnzoはそんな彼らを何と語るのだろう。


2008年1月19日土曜日

out and in with the old, for the new

先日の資料のお返しをイタリアのP氏に送るべく、Tecnoが出ている昔のCGを親から借り出してスキャン。Tecnoのようなマイナーメイクが"INDEX 4"で引っかかるのは1件だけだったが、本棚から60年代後半~74年ごろのCGを1冊ずつ引っ張り出して、めぼしい3件をピックアップ。
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(左)Tecno F4を浅岡さんがFISCOでテスト:現在伊香保にある現物だろうか?('69/10号)
(中)'72/6/4のベルギーGP(この年はSpaでなくNivelle-Baulers)でデビューしたPA123/3('72/8号)
(右)生沢さんのGRD-S74に搭載されたTecno Flat 8('74/12号)



Dsc00507時間がないので、「畳の裏の新聞」みたいな脱線はしないように心がけたが、どうしても気になってしまった広告('72/8号)。
神宮前のマンション1室らしき"disco volanteというショップでは、Conreroのチューニングキット(152,000円)を1300~2000のAlfaに用意している。どなたか買ったヒト(あるいは装着されたクルマ)はご存知ありませんか。

Dsc00511_2今回わかったのは、昔のCGはモータースポーツ記事が多いだけでなく、断ち落としなどを使いながら写真を大きく使ってgraphicの魅力を具現していたこと。
それ以上の発見は、例えばモータースポーツをフィーチャーした'72/8号の巻頭にLeMans、続いてTarga Florioを持ってきたように、実は台割に柔軟性があったこと。金科玉条のごとく同じ台割を守る最近のCGを、みなさんは最近特につまらん(時代性に合ってない)とお思いでしょうが、実は飽きられないための努力は昔の方がされていたようだ。
結局のところ、店頭でこの手の雑誌を手に取って買わせてしまうのは、1つの記事や表紙、もっというと1枚の写真だ。そういうbuying systemを理解していれば、ホームアルバムみたいに小さい写真をペタペタ汚らしく貼り付けた現在のような姿には行き着かないはずである(テキストも冗長に過ぎる)。
同業が倒産/廃業に追い込まれる中で、昔はよかったなぁと言いながら座して死すのは簡単だ。惰性のように同じことを縮小均衡的に繰り返すばかりで、有効な手を打たない関係者の能力や無意志には呆れるけれども、その所産は人災あるいは不作為と呼ばれます。


2008年1月12日土曜日

the end of vulcanized cloth

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11年目のMackintoshのコートが、自立するほどバリバリに硬化しまってご退役。ゴム引きされた、いわゆるvulcanized clothのゴムがダメになってしまったようだ。
今やその辺のオッサンでも着てるMackintoshだが、そんなこともあってかメンズは本国さえ無難な色ものばかり(T窪さんどうにかしてください)
新品当時から赤を着る勇気をもった?ヒトは少なかったが、お互い赤を着てパーティーで鉢合わせしたセレクトショップオーナー(@現在「お勤め」中)が、連れの女性に「あ、同じ色~」と言われて顔色が変わったのが忘れられない。
イロモノじゃないと僕は生きていけないから、dead stockでも探してみますかね。



2008年1月9日水曜日

131 Abarth

200801090937000英会話学校GABAのJR車内貼り広告。1色抜いて赤→黄色にしたようだ。



偶然にも、今朝赤いヤツと家の近くで遭遇。
おそるべき、エンスー大国日本。



2008年1月7日月曜日

SZ #118 FS

USでGiulietta SZ(#118)が売りに出ている。price tagは26万ドルだそうで。
こちらの固体、日本に初めて届いた1台で、国内をその後転々とした後、3ヶ月ほど前に別のUSの店が25万ドルあたりでofferしたらまもなく売れて、すぐまた売りに出た。キレイに直すのが結構大変で、新オーナー(か業者)が諦めたのではないかと推測している。



Dsc00493僕にとっては意外なことだけれども、初対面でいきなりSZの値段を訊かれることがある。そういうことはご自分でお調べになる方がよいと思う。手放さない限りrealizeしないものを、持ち主に訊かれてもたいがい困るものだし、例えばイギリスみたいな国では結構嫌われることだ(写真は
昨日参加した新年会で並んだCountach LP5000とのタイア比べ。155 vs 345!)。



新年会の場所に偶然現れた匠さんのブログに、そのレポートが。
確かに、知らずに来たら何だこりゃって思うでしょうねぇ。


2008年1月6日日曜日

1969 Monaco GP film

1969年のMonaco GP(F1/F3)も発見したので、そちらもどうぞ(1966年はコチラ
週末のレースに向けて、Monacoの街の準備が進んでいく様子は初めて見た映像。競技長のPF、今はもういないドライバーの映像など、よく見れば見るほど興味深く貴重なシーンが連続する。今や、公式メディア以外の人間はこんな距離から映像を撮ることすら許されない。ちなみに1969年のF3はRonnie Petersonが黄色いSmogカラーのTecnoで勝っている。







collezioni Tecno(2)

Dsc00495_2イタリアからTecno F1やTecnoのエンジンを積んだESC(2Lスポーツカー)の資料が送られてきた。
送り主はF1のPA123/3(や写真のスポーツカー、ほかFerrari 312Tシリーズなど)を所有するP氏。
彼ほどの人物に、Tecno Registerを作ってくれてありがとうとメールをもらえるのは実に嬉しいものがある。



Dsc00496程なく今度は、イギリスから買った1968年のMonaco GP前座F3の写真が到着。
こちらは、François MazetとFrançois Cevertが乗るそれぞれのTecnoが、Rose Hairpinを抜けてMirabeauに向かうところ。この2台が前後に連なっていることから、リザルトを見る限り予選ヒート2のショットのようだ。



(余談)
リザルトを探していたら、今度は1966年のMonaco F3の映像が。惜しむらくは音声がないことだが、歩道の縁石出っ放しのコースでベルトも締めずにやっていた、ある意味牧歌的な様子がよくわかる(Steve McQueenも観客として一瞬登場)。スターターに、各ドライバーがスタート方式?について指示を受けるのも実にアマチュア的。
やはりいつかは、公道サーキットでヒストリックフォーミュラを走らせてみたいものだ。



2008年1月5日土曜日

my favorite thing(s)

超忙しかったこともあって、年末の大きな買い物はなし(昨年はコイツだった僕が今欲しいのは・・・・コレ(Tecno F2/FBは、もちろんそれはそれでずっとキープ)
Aerodjet
そうです、Rene Bonnet Aerodjet LM/6。ふつうFIA系って身も蓋もないヒドイ直し方されることが多いけど、この固体はできる限りのオリジナリティが保たれたコンディション。
でも180,000euroじゃムリ。素のDjet(かJet)で我慢するしかないようだけど。



2008年1月2日水曜日

あけまして・・

あけまして、開けました、ヒューランド。
正月早々こんなことやってましたが、せっかくなのでHewland Mkシリーズのメンテについて。



●分解編
Dsc00492Hewlandのプレートが貼られているリアカバーを外し、ベアリングキャリアを露出させる(写真)。
シフトフォークを操作するセレクターフィンガー(写真右下)を抜き、(セレクターフィンガーの上に並んだ)フォークのうち左側(リバース)と右側(3/4速)を同時にエンゲージさせてロックアップさせる。これは、レイシャフト(下)とピニオンシャフトのキャッスルナットを緩めるため。レイシャフトのナットは外さずに残しておく。
なおスタッドは間違ってもブレーカーバーなどで引っ掛けて曲げないこと。細くて粘りが全くないので、簡単に折れます。ケース内に折れたスタッドが残るとオオゴトです(一度やってしまいました・・)。



Dsc00486 ベアリングキャリアのロックナット(こちらはメトリック・・・VWケースなんで)を全て外して、ベアリングケースとギア一式をごっそり後ろに引き抜く。
ピニオンシャフト側の一連の部品は、引き抜いた際に串刺しの串が抜けてしまうので、代わりに後ろから25mm径のパイプを挿しながら抜いてゆく(写真では前から挿しなおしている)。専用ツールも販売されているが、こんなものは手製で十分。部品の順番や組み方を間違えないようにしながら、各部品を清浄・チェック(あるいはレシオチェンジ)を行う。


●部品交換編(今回はドッグリング)
Dsc00487Dsc00488USでプロがOHした状態から7シーズン目なので、せめて1/2速のドッグリングぐらい交換してやろうというのが、そもそも今回分解した目的。
でも新旧を比べると、ドッグ山やディスクの厚みはほとんど変わらず。筑波のヘアピンで1速をいつも使っていたことを考えると、まあまあなシフトが出来ているようだ、と自画自賛しておこうか。
なおHewlandとWebsterはほとんどの部品に互換性があり、今回は安価なWebsterのドグを採用。潤滑を考慮してか、偏心したグルーブがディスクに切ってあるのがHewlandとの唯一の相違点のようだ。


●組み立て編
Dsc00491Dsc00485元通りに組み立てるのみ、といってしまえばそれまでだが、いくつかのポイントがある。
まず、ピニオンシャフト代わりのパイプを後ろから挿して、ギアを正しく組み付けておく。一方、ガランドウのメインケースもキレイにしておき、両側の当たり面にHylomar blueを指で塗りつけて、いよいよドッキング。
ピニオンシャフト代わりのパイプが押し出されるようにピニオンシャフトにギアを挿しこんでゆく。その際スプラインに通るように、レイシャフトのナットを回しながらスウィートスポットを探す。
そして最後の3センチが勝負。今度はレイシャフトのスプラインを、メインケース奥のインプット側に挿すため。ここは「入ってぇー」とお願いしながら、レイシャフトをちょっとずつ回して、ベアリングケースを手で軽く叩く・・・と願いが通じるはずだ(余談ながら、某O久保さんのような名メカも同じことをおっしゃっていた。もっとも彼らは、一刻を争うような戦場での話だろうけど)。


ベアリングケースのロックナットを組み付けたら、またロックアップさせて、レイシャフトは70lbs/ft、ピニオンシャフトは120lbs/ft(逆ネジです)で締め付け。
あとは、またHylomarを塗ったリアカバーを締めて、乾いたところで(LSDなしの場合)75W-90 GL5レベルのオイルを1Lほどトップカバーから入れる。
*余談ながらHewland MkはVWビートルのケースを上下逆に使っているので、ドレーンをフィラーに使っており、Mkとしてのドレーンをもっていない・・ので抜くにはバラすしかない。


以上、お付き合いおつかれさまでしたsun
慣れると45分作業らしいですが、僕は未だ2時間作業です。


#キャッスルナットの割りピンが外れなくて大変だったんですよ・・。


2008年1月1日火曜日

謹賀新年

Topolino2008あけましておめでとうございます。
みなさまにとって、本年も良き年でありますように。
それから今年もGarageTalkと僕をご贔屓に。