2008年4月12日土曜日

Goodwood, Bruce McLaren, and Japanese oddities (Isuzu)

Dsc00557
別の目的でパラパラめくっていた、昔のGoodwoodの写真集
ふと目をやると、1965年4月のEaster Meetingの興味深い写真;「Goodwoodにはじめて現れた日本車」というキャプションとともに、いすゞべレット1500が登場(#112)。エントリーは"Nippon Racing"、色はベージュ、そしてドライバーは、何とブルース・マクラーレン!
いったい何で彼が?、Nippon Racingとは何?、誰が仕掛けたの?だいたい何でBellettなの?・・・と謎がつきません。どなたか詳細ご存知でしょうか?何を読んでも書いてないのです。
ちなみにこのべレットが出走したSt.Mary's Trophyは、豪雨のため5lapで中断され、Jim Clarkが下馬評通り勝利を挙げたそう。



3 件のコメント:

  1. 良く知りませんが、感覚的に1965年というとトヨタ、日産以外はまだ海外進出について戦略とか持ってなかった時代なので、仕掛けるといったような事ではなく偶々日本に来て知った個人の好事家が持ち帰ってレースに出てみた。といったことではないかなぁ?でも当時スイスとかイギリスとか意外とペレットは欧州で人気があった(1970年に行った時に街で結構目にした記憶があります)ようです。

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  2. 手持ちのしょぼい資料を引っ繰り返してみましたが、このコトについての情報は見つかりませんでした。 後ろのコルチナ(フォード?ロータス?)とで日英・羊の皮を被った狼の写真は素敵ですね。 極東の島国のクルマ&南半球のドライバーが43年前に如何にして知り合ったのか・・・? ちょっと面白そう。

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  3. >おやじさん
    BellettのTCエンジンは、Alfaとの近似性(といっても鋳鉄だけど)が指摘されるところですが、それゆえConreroの手によるワークスエンジンがF2やGCカーに搭載されましたよね。そういう意味では、ヨーロッパに意識が向いていたのかも知れません。ただ、1965年のブルースマクラーレンは当然F1ドライバーだからそれなりのコネなどがないとハコに乗ることもなかったのでは?と。翌年には自身のチームでF1に打って出たことを考えると、わずかながらでもビジネスを考えていたと思うのです。
    >CLOTさん
    やっぱりどこ見ても出てないでしょう・・。
    そういえばBruceの最初のレースカーは14歳のときに買った赤いA7 Ulsterですよ。
    http://www.bruce-mclaren.com/

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