2009年6月28日日曜日

la madonnina della Mille Miglia - out of de portago's wreck

La_madonnina_mm2
某姐さまから、あなたポルターゴ好きなんでしょ、といただいた写真。



なんと、1957年のミッレミリアの事故で亡くなったアルフォンソ・デ・ポルターゴの335Sに積まれていたプラグボックスで、コレクターが大切に保管しているそう。とてもあの惨事から回収されたとは思えない美しいコンディションだが、もともとは事故現場にいたメカニックからもらったものだという。



La_madonnina_mm1 中には、"la madonnina della Mille Miglia"のカードが。

おそらくは、道中の無事を祈って、コンテンダー全員に渡されたものなのだろう。

マリアさまのご加護を持ってしても、ポルターゴとネルソン、そして子供を含む観客の命を救うことができなかったすれば、何とも無念で切ないものだ。



それにしても、教会の窓の形に赤い↑を並べるなんて、さすがのセンスだ。普段から美しいものに触れることで、自然とデザインの引き出しが増えている好例だと思う。


2009年6月27日土曜日

remembering Michael Jackson

Imagesかねてより早世の予感があったが、やはりマイケルジャクソン死去のインパクトは、ジョンレノンのとき以上のように思われる。



想い起こせば僕が最初に買った輸入盤はThrillerだった。タワーが渋谷にできて間もないころで、1980円でLPが買えたこと自体画期的だった。。当時は誰もが彼の一連のPVをTVで見ていて、知っていた。



それから15年後ぐらいのこと、一度彼のマネージャーとmtgを持つことになった。前職で放映権などでお世話になった方が、部署のアドバイザー(後にHQの社外取締役)をやっていて、並行してマイケルジャクソン日本公演の招聘に絡んでいたため、そちらのツテで現れたのだ。



だいたいからしてこの男、ボディガードのように巨大でクビが太く、ヴェルサーチ全盛期のロココ柄のタイを黒いスーツに締めている。長髪も相まって、みるからに堅気ではない。名刺をもらうと、名前の字が虹色。

なんなんだこのオッサン、とあとで調べると、元プロレスラーでルーマニアの外交官資格をもっていて、確か複数の国籍をもっていたんじゃなかったか。僕は今まで、これ以上怪しいヒトに会ったことがない。だからヤダねー、USのショービズって、と思った。


mtgの内容といえば、前職の会社の(とある地域の)代理販売権をマイケルが欲しいといってるので、やらせてくれという話。

そんなの無理じゃん、とはストレートに言いにくいいけど、こちらが困惑の色を顔に浮かべていると、先方も無茶振りであることはわかっていたようで「彼はいつも子供じみた思い付きをするからね」と言って去っていった。


結局マイケルジャクソンは、一種のネオテニー(幼形成熟)だったんだろう。


<おまけ>

彼が乗っていた(金が詰まってオークションに出した)Bentleyの内装・・・そう、ドラキュラ趣味です。

Michael_jacksons_limo


2009年6月22日月曜日

father's day 2009

Dsc00954
今年はLambda。
E.Minettiという当時の代理店のリーフレットのようだ。PNEU MICHELIN CONFORTの記述も。中身はイタリアから、額装は近くの店で。






Lambdaにまつわるものなら、何であれ本人は喜んでくれるでしょう。僕は嫌いなクルマだけどね。
昨年同様、諸々の親不孝ご勘弁願い度候。



2009年6月15日月曜日

mind your old rubber

Dsc00941相当久しぶりに自転車の話。
母のXantiaをディーラーに持ち込んだ帰りは、中に積んできたDe Rosaで。
クルマからフレームを出し、フロン
トタイアにふと目をやると、なんとサイドウォールが裂けている。新品チューブラーを入手したまま、放置していたのは完全に僕のポカ。



見送りに立つディーラーの営業を待たせるのは申し訳ないので、しかたなくそぉーっと漕ぎ出し、ウーゴ翁が嘆くような15km/hぐらいの徐速でゆっくり、ゆっくり。どうやら大丈夫そうなので、段差はすべてウィリーさせ、ブレーキは極力リアのみ。普段50km/hの下り坂も、今日は25km/hに抑える。実にツラい。



Dsc00944その一方でよいことも。
ちょっと前からサドル(高校時代からのConcor)を5mmほど前に出し、少し前傾させたところ、お尻のサポートが改善して非常に快適に。
この新しいポジションも相まって、普段より全然遅いペースで走ると、こんなに自転車って疲れない道具だったのね、ということが判明。


これまでいったいどういうペース(心臓含めて)で走ろうとしてたのか・・・しかもノーヘルで・・・は、あまりよろしくありませんね。よいこは真似しないで(笑)


2009年6月8日月曜日

Tecno FB updates(8)

しばらくほったらかしにしていたTecnoの進捗話ですが、その後もちょっとずつ進んでますので一応報告まで。



Rad
ラジエーターのコア交換と、in/outフランジを変更。もともとエンジンへのアウトレットがラジエーターの上側(in側も逆)・・・とあべこべだったのです。イギリス人には、物理的法則を無視するヒトがよくいます。

ラジエーターの後ろ側には、消火器を押し込みました。

これで、以前のFFordのような窮屈な膝下とはおさらばです。



Dsc00910ギアボックスを開けてチェックしてもらったところ、ベアリング類は一通り替えておきましょうということになり、シムなどとあわせてがっさり部品が届きました。今回4速のMk9を、240馬力まで耐えられるMk5用ギアの5速にコンバートするため、そのために必要な部品も買い足しています。以前入手したC&Pや不良在庫を譲ってもらったLSDなどと一緒に組み込んでもらいます。



Dsc00925 そうこうするうちに、USに特注していた安全タンクが予定通りの納期で到着。
今回はATLではじめて作ってもらいましたが、注意書きなどがステンシルで吹いてあって、いかにも航空産業っぽいのが泣かせます・・・が、"所さん"っぽいとはいわないでくださいng
大きな箱に黄色のスポンジに包まれてとどきましたが、これはタンクのバッフルに使うスポンジ。僕のタンクに使ったやつの残りのようです。
このスポンジをタンクに使いたい方がいらっしゃったら、声かけてください。フォーミュラなら1タンク分はあると思います。

太古のラバーバッグや、古くなってグズグズになったスポンジを抜いたまま、あるいは単なるアルミ缶だけのクルマがいるのを知っていますが、なんといっても命に関わるものなので、ちゃんとした安タンを用意いただいたほうが。。。そこまでヒストリックでなくてもいいでしょう。


Dsc00911 とどのつまりは、車検のためにトレーラーを空荷に。
バラバラのフォーミュラのパーツを車庫に広げると、本当に足の踏み場がなくなります。アッパーカウルは、いつものようにSZの上へ。本当にかわいそうなヤツです。


仕事は尺取虫のようにしか進まないのに、時間は矢のように過ぎていきます。一応この秋までに走り出す予定だったよな。。。。いつものことながら自信がなくなります。


ではまたcloud


2009年6月5日金曜日

camaraderie & competition

E2008_svra_roebling_road_025"年取ってもレースはヤメないよね。ヤメたら年取っちゃうから"
・・・このTシャツをプレゼントしたい諸先輩の顔が頭に浮かぶflair



この写真は、USのヒストリックフォーミュラの統括的な団体のMonoposto Racingのひとコマから。
レースのある週末は誰かがホストになって、パドックに置いたトレーラーのまわりでパーティーを催すのが恒例だ。

トレーラーやキャンパーで時には数千マイルもの彼方から集まるUSと道具や環境が違うけれども、日本の僕らもこんなことを自然と行えたらいいな、と思う。



Monopostoは、いろいろな主催団体のイベントを間借りして走らせていて、結果的に彼らのレギュレーションが全米のヒストリック
フォーミュラのデファクトスタンダードとなった。その過程で彼らのモットー"camaraderie &
competition"に基づいたルールやマナーも浸透し、このようなソサエティや安全なレースが維持できているそうだ。


彼らに倣って僕らができることがあるとしたら、それは基本原則に忠実なレギュレーションやルールを明文化するだけでなく、それらをメンバーひとりひとりが自分のこととして守ってゆくこと(いちばん大事)ではないだろうか。


もちろん、言うは易しだし、それによって若干の面倒さと自覚を伴うかもしれないけど、代わりに自分がMonopostoみたいな素晴らしいグループに属することができるなんて、想像するだにワクワクするでしょsun


2009年6月1日月曜日

odd trio

Photo3
今朝ほどとあるスーパーで、なんともフシギな組み合わせに。
緑のフロンテは、レストア成ったばかりのようで、とてもキレイでした。このころのフロンテのテールランプは、単純かつ丹精なグラフィックなので好みです。フロンテクーペのようにGiugiaro作ではないけど、リアビューなんかは同時代のFiatにあってもおかしくないかも。