2009年6月27日土曜日

remembering Michael Jackson

Imagesかねてより早世の予感があったが、やはりマイケルジャクソン死去のインパクトは、ジョンレノンのとき以上のように思われる。



想い起こせば僕が最初に買った輸入盤はThrillerだった。タワーが渋谷にできて間もないころで、1980円でLPが買えたこと自体画期的だった。。当時は誰もが彼の一連のPVをTVで見ていて、知っていた。



それから15年後ぐらいのこと、一度彼のマネージャーとmtgを持つことになった。前職で放映権などでお世話になった方が、部署のアドバイザー(後にHQの社外取締役)をやっていて、並行してマイケルジャクソン日本公演の招聘に絡んでいたため、そちらのツテで現れたのだ。



だいたいからしてこの男、ボディガードのように巨大でクビが太く、ヴェルサーチ全盛期のロココ柄のタイを黒いスーツに締めている。長髪も相まって、みるからに堅気ではない。名刺をもらうと、名前の字が虹色。

なんなんだこのオッサン、とあとで調べると、元プロレスラーでルーマニアの外交官資格をもっていて、確か複数の国籍をもっていたんじゃなかったか。僕は今まで、これ以上怪しいヒトに会ったことがない。だからヤダねー、USのショービズって、と思った。


mtgの内容といえば、前職の会社の(とある地域の)代理販売権をマイケルが欲しいといってるので、やらせてくれという話。

そんなの無理じゃん、とはストレートに言いにくいいけど、こちらが困惑の色を顔に浮かべていると、先方も無茶振りであることはわかっていたようで「彼はいつも子供じみた思い付きをするからね」と言って去っていった。


結局マイケルジャクソンは、一種のネオテニー(幼形成熟)だったんだろう。


<おまけ>

彼が乗っていた(金が詰まってオークションに出した)Bentleyの内装・・・そう、ドラキュラ趣味です。

Michael_jacksons_limo


4 件のコメント:

  1. 高校生時代に、小林克也氏のTV番組で流れたPVを見てました。
    あの頃の、時代に対する影響力は無茶苦茶大きかったですね。
    でも、自分が当時好きだったのはボウイ・シルヴィアン・ウエラー・カマカマ(ン?)とかでした。
    死去の報道に関しては、レノンやフレディの方がインパクト大でした。
    この辺はp氏との世代ギャップの所為なのか、私がひねくれ者なだけなのか。

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  2. >CLOTさん
    僕も個人的にはジョンのときの方がショックは大きかったですよ。ただ社会的現象としては、マイケルの方が大きい、少なくとも規模は大きいように思っています。
    23:25からテレ朝で始まる例の番組は、僕も本当に毎週心待ちにしていました(そのあとの番組より(笑)。
    「小林克也です。毎週アメリカの最新ヒットチャートをお届けするベストヒットUSA。」というくだりからはじまる文句も、当時はかなり暗記してましたね。実家のβVTRを救出した結果、当時録画した番組をいくつか救い出したりしています(笑

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  3. 今の仕事を始めて間もない頃にマイケルと仲良し?のリズが、エイズ基金のチャリティーで来日した際の迎えに行ったことがありましたが、あの時のリズは1人でクルマの乗り降りが出来ないほど体調が悪かったので、実はそれからマイケルとリズの人生がどうなるのか、チキンレースのように見ていました。
    リズは帰国の際に「itchy」と僕宛に書いた手提げ袋をくれて、入っていたのはまずまずの金額のチップと、White Diamondという彼女のブランドの香水でした。この香水、かなりの強烈な臭いで、ちょうどBentleyの内装を思わせるものがありましたね。

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  4. >ichi-xさん
    リズのお迎えですか。。。彼女はドライバーにも心遣いのできるヒトなんですね。itchyという呼び名は、その名の通りちょっとむずかゆいでしょうけど。。
    Bentleyの内装を思わせる香水とは、かなり動物性の一歩間違うと加齢臭かも。肉食べて大きくならないと、苦手な類ですね。

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