2010年2月22日月曜日

generous

ちょっと前にきいた、ちょっといい話。

話をしてくれた彼がまだ地方都市に住む中学生だった80年代初頭のこと。某誌でみた某コレクションに日々胸を焦がすうち、ついにこのオーナーさんの会社に手紙を送ってしまった。中学生ですがぜひ見せてください、と。




このコレクション、W125やSSシリーズが全部揃い、SWBやLMに312T2とB3やら、6Cも8Cも複数のTipoBも、33StradaleやらDaytona coupeやら、4CLTからタンデム4発とかA6から300SまでのTridenteのシリーズやら、挙句の果ては49やらRA301やらという史上屈指のコレクション。当時の写真をみたガイジンは、誰もが信じられんという顔をする桃源郷だった。

まさか返事が来るとさえ思ってなかったが、その熱意が伝わったか、しばらくしてご本人から返事が来た。開けてみると・・・某月某日何時に渋谷のハチ公前で待ってなさい。迎えに行きます、と。

そして当日、はじめての上京で右も左も分からないままなんとかハチ公にたどり着くと、6.9SELで迎えに来てくれた。そのままコレクションに連れて行ってくれて、一日素晴らしい想い出をプレゼントしてくれた。

この中学生がその後どうなったかというと・・・某誌のライターを経て、(もうすぐ休刊の)某誌のスタッフライターに。そんな今もこのことが忘れられないし、とても感謝しているそうだ。


2010年2月20日土曜日

inside the camcover

BMW S1000RRのカットエンジンをレブリミットの14000RPM+まで回すと、バルブトレインはこんな感じになるようです。

こんなabuseに耐えているコンポーネントのひとつひとつに、深ーい感謝と畏敬の念がわきあがってきます。いつも本当にありがとう。




2010年2月15日月曜日

Bloody Mary

bloody mary


アルコールではありません・・今週末はもう結構。hotchpotchなpre-war carの方です。



この形振り構わなさ加減は、日本人のセンスをもってすると相当理解しがたいものです。でも、いざスタジオに入れてみると、その身も蓋もないほど合目的的な美学を少しは理解した気になったりするものです。

それにしても、Broughから外したJAPが2基も載っていたとは。



もっと見たいという、ゲテモノ好きの方(笑)はこちらから。



2010年2月7日日曜日

Connew



ConnewなんてF1を知っているヒトは、よほど事情に詳しいか相当変わったヒトだと思う。僕ももちろん、このプロジェクトに携わったBarryというイギリス人と12-3年前につながるまで、聞いたことすらなかった。






Connewとは、Team Surteesの製図技師だったPeter Connewが設計・主宰したプライベートF1で、1970年ごろからプロジェクトがスタートし、1972年のオーストリアGPに1回だけFrancois Migaultのドライブで出場した。その後はノンチャンピオンシップF1にDavid Purleyで出場し、翌年はF5000にコンバートされた。
その製作過程や実戦の様子はこちらに詳しい。当時の日本のオートスポーツの表紙にもDoug Nyeのテキストとともに登場したようだ。Motorsportか何かで、彼らのフィニッシュレベルとアマチュアリズムを好意的に述懐する記事を読んだことがある。

そう、今のF1では本当に想像のつかないことだけど、当時はCosworth DFVとHewland DG/FGがあれば、実質的に誰でもクルマをつくることができた時代だった。その敷居の低さからいろいろなコンストラクターが明日のティレルやマーチを夢見て参入できたわけで、かのマキやコジマだって、この類だ。

彼らのストーリーを読み進んでゆくと、ヒデオヤマナカ氏からのアプローチの件がある。このヤマナカ氏、日本でデパートを複数持つものとしてF1をスポンサーしたいんだが、とエージェントを通じて伝えてきたそうだが、このエージェントの作り話による架空人物なのか、それともヤマナカ氏の作り話なのか、結局は何の実体も認められなかったというのが結末。どなたかこのヤマナカ氏(の実体)はご存知ないでしょうか?

僕の邪推でしかないけれども、この話はマキF1につながるような気がする。あちらも、仮名でヒトが動いていたからだ。

そんな結末があったにしても、わずか3人のチームでオリジナルシャシーのF1を、まるでバックヤードビルダーのように走らせることができたなんて・・・やはり羨ましさを禁じえない。


<余談>

そういや近隣にRoger Nathan(Costin-Nathan、あるいはImpで名を残す)が住んでいて、媒体協力するからアゴ足つきで日本に呼んでくれと本人に言われたんだけど・・と昔Barryから相談がありました。・・・そんな話メンドクサイのでもちろんお断りしました。やっぱり日本というだけでカモにしたくなるのでしょうかね。

would-be moralist misleads eco

この論旨は、ミスリーディングで、論理破綻していて我田引水だと思います。大新聞系列のネットメディアという場で、確信犯的モラリスト視点の論調だから、なお厄介です。






ハイオクに重い環境税を・・?

ハイオクに重税を課するも構わぬ姿勢は一見noblesse
oblige風ですが、そもそもハイオクの環境負荷がレギュラーより低いわけではないです。安いレギュラーをバンバン使わにゃ損となればどうなのでしょう。環境負荷の話が、贅沢税の話に化けた意図や如何に。


環状線は一方通行に・・・??
一方通行で走行車線が増えればたしかによく流れるかもしれませんが、帰り道はどうなのでしょう。環状方向に戻るには、必ず放射方向に移動して別の環状線に乗る必要があるので、放射方向のトラフィック増加による渋滞や、遠回りによる環境負荷が増えるのは明らかでしょう。まさか、それらを補ってあまりあるほどの燃費と時間が稼げるのか・・そんなわけない。成毛さん風に表現するなら、何かの信仰心が必要なほど非合理的だと思います。


EVコンバートで名車救済・・・???

『そのままにしておけば重税を課され、やむなく廃棄を迫られそうな名車たちを、姿カタチはそのままに“無害化”させてEV車として新たな命を吹き込む』という姿勢も、一見モラリスト風ですが、『古き良き時代のクルマを電気自動車にコンバートする事業を始めよう』、という自身のビジネスに話をつなぐ前段にしか聞こえません。それに、税金よりEVコンバージョンが安く実現するはずはないので、名車廃棄回避策にもならないでしょう(まさか補助金?)。もちろん、新車乗り換え施策が、トータルでの(もっというとライフサイクルでの)環境負荷を上げかねないという観点には異議ありませんが。


本業のコネでサイドビジネスに精を出す自動車文壇関係者が多いのもどうかと思っていますが、ましてジャーナリズムの枠でそれを喧伝するのは、本業の矜持を捨てた利益誘導だと思います。メディアもライターも、貧すれば鈍して、鈍してさらに貧していて、本当に心配です。


まあ、普通の脳味噌を持ってすれば、誰もが読み飛ばす内容の記事でしたが、あまりに目に余るので噛み付いてみましたthunder

ちょっと虫の居所を悪くさせることもあったものでねimpact