2011年12月15日木曜日

Temporada Argentina di F2 '68

1947年から72年までの毎年、北半球での冬、つまり南半球での夏にアルゼンチンで行われていたTemporadaレースシリーズの、1968年の映像を。
避寒と潤沢な賞金を得るためにヨーロッパの一座が巡業していたという点で、オーストラリアのTasmanと全く同じ発想だが、シーズン後現地で型落ちのクルマを処分することも多く、後年旧いマセラッティやアルファがアルゼンチンでアルゼンチンで発掘されることになった。


F2で行われたこの1968年は、なぜかTecnoが多く参加している。ワークス待遇はClay RegazzoniとJo Siffertの2台。ReutemannとRodriguezはイギリスのRon Harrisからのクルマで、実は僕のTecnoのカウルはイギリスに現存するex-Rodriguezから型取りしたもの(シフトバルジの形状で見分けられる)。もし僕がレストアしていないTecnoを買っていたら、ノーズの口周りだけブルーに塗った"Seppi"のF2と同じ色にしただろうと思う。それ以外にもJonathan WilliamsがTecnoに乗っているが、これはあとでDetomasoが改造したもののはずだ。
Registerで捕捉している範囲では、ex-Siffertはその後CevertがReimsで初優勝したシャシーで、現在フランスに現存。Silvio MoserのものはPorscheエンジン付のGr.7に改造されてオーストリアに、ex-Reutemannはイタリアに現存している。
<追記>Facettiのもベルギーで売っていた・・さすがにF2は残っているものですね。


・・・ええと、そんな話はともかく、お楽しみください。








2011年12月3日土曜日

new tires

Avon来シーズン用のタイアがSoCalから届きました。
太いリアタイアを半分に折って、その中にフロントを押し込んでの2個口、計28kg。
今日は仕事で時間がないため荷解きしてませんが、トレッドに癖がつかないうちに早くリアタイアは元に戻してあげたいところ。

さ、これで来年は章典外にならないはずです。 どなたか、今までのタイア要らないかな。。。まだ8部山あるのです。




2011年10月28日金曜日

Tecno FB updates(46)

Grid10月23日のJCCA/HFR@筑波にて、ようやくレースらしいレースができました。ローリングシャシーの状態で手許に来たのは2009年の1月ですから、早いもので約3年です。




2011年10月15日土曜日

Tecno FB updates(45)

DSC01813先日LSCR走行会で筑波を走ってきました。
今年は震災で4月の回が流れてしまいましたが、長い距離をまとめて走って、馴らしとセッティングとダメ出し全部ができる、とても貴重な機会です。
走行時間帯は13時から16時の3時間。これを約20分のセッションに割って、あとは台数が許す限り走り放題。エンジンの慣らしが終わっていないので、欲張って出来るだけ多く走るのはいつもどおりのこと。

2011年9月9日金曜日

Tecno F3 on board video

昨今ヨーロッパで盛り上がりを見せているヒストリックF3ですが、参加するTecnoでおそらくいちばん速いイギリスのRoland Fisherのオンボード映像をSilverstoneにて。速く走らせるのには、いかにコーナー立ち上がりの手前で失速させないかが重要なのがわかります。



10,000rpm以上まで回しきる音のせいで"Screamer"と呼ばれるF3ですが、コクピットからの音は、なぜか中学のときにもらったDax70の音を思い出してしまいました。


機会あれば、次はヨーロッパでF3もやりたいですね。



2011年9月5日月曜日

Car Guy, Bean Counter, Enthusiast

フォード-クライスラー-GMの要職を歴任したボブ・ラッツが、経営顧問としてGMに復帰した件

彼の近著"Car Guys vs. Bean Counters: The Battle for the Soul of American Business”は、MBA的経営管理と短期業績偏重がUSの自動車産業の衰退を招いたということが主題のようだ。アンチMBA派が、早飲み込みな快哉で迎えてくれそうなタイトルでもある。

彼の経営手腕をあまりよく知らないけれども、たとえばちょっと前のクライスラーのアナクロリバイバル戦略を安易と考える僕としては、単にベビーブーマーの消費性向(=大人買い、リベンジ買い)を反映しただけではないのかと思ってしまう。それさえわからないbean counter揃いがアメリカの自動車業界というなら、それはそれで、そういうことなのだろう。

それはともかく、プライベートでのボブ・ラッツは、まぎれもないエンスージアストだ。




2011年8月28日日曜日

need an engine crane?

Need_crane どなたかエンジンクレーン(写真赤丸)要りませんか?
都内現地まで取りに来ていただければ、喜んで差し上げます。


現物は、アストロで買ったもので、記憶ではキャパは2-3tだったと思います。普通のエンジン/トランスの積み下ろしは十分です。
若干旧いので、もしかするとシリンダーのOH(交換)が必要かもしれませんが、数千円のレベルでしょう。 ガレージ整理にご協力のほどよろしくお願いいたします。



2011年8月27日土曜日

when DB4GTZ "22XKX" came to us..

22xkx_hauled22XKXが日本に着いたのは確か80年ごろのこと。昔のアルバムからスキャンしてみました。
名古屋港でピックアップして、共有者U氏のトランポで搬送。


2011年8月14日日曜日

Cars 2, Pixar, Motorama

カーズ2を観ました。
小学生以来映画館でアニメを見ていない僕の重い腰を上げさせるほどに、周囲(=ヲタなヲジサンたち)の評判がとても高かったのですが、期待に違わず本当に楽しみました。

コドモにもわかりやすいプロットと、オトナの意地悪な目にさえも耐えうる手抜きのないクリエイティブディテール、特に登場するクルマのキャラクター設定の適切さに感銘を受けると思います。つまり、Good for boys of all agesです。

2011年8月4日木曜日

homebrew DB4GT Zagato FS

シリアルから推測するに、Lagonda Rapideをcut & shutしたらしき複製品がeBayに出てます
2VEV風(low drag)のシェイプ、内装など割とよくできています。なにより、本物の1/100の価格。


どなたか、どうぞ(あえて名指すと、AN5さん!)


 



2011年8月2日火曜日

Mototeca

週末は雨の軽井沢にいました。本を読むのと飲食以外アジェンダがなかったので、子供のころからの友人がオープンしたシアトルスタイルのカフェについて記すことにします。


Mototeca
長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢1323-1452


(写真は彼のblogからの借り物です)




この名前だけでピンとくる方がいらっしゃるかも知れませんが、旧Mototeca(ミュージアム)を創設され、近年亡くなったK.H.さんの長男Mくんが、軽井沢署の近くにオープンしました。
軽井沢には観光客向けのお店は多くありますが、賢明にも定住者も普段使いできるカフェを目指しています。


昨日は写真のMVのディスコヴォランテがありましたが、親父さんから引き継いだコレクションのなかでも、比較的小排気量のAermacchiなどがMくんの好みなので、そのあたりのバイクが店に置いてあることになりそうです。軽井沢を訪れた際はぜひ寄ってみてください。
これまで行く場所がなかったこともあり、軽井沢では家お茶派だった僕も、本来のカフェの目的=ヒトとの交わりを求めて頻繁に行きたいとおもいます。


ところで中学あたりで行き来がなくなったMくんと、FBでリコネクトしたのはつい最近のこと。そして、実際に顔を合わせるのは約30年ぶり。もはや、ちゃん付けでは呼びにくい(笑)
今年40歳になるという彼は、相変わらず少年っぽくてホッとしたり、でも仕事の話ができるようになって時の流れとお互いの成長を感じたり。が、しかし彼は右シフトの方が乗り易いと語ったことで、やはり幼少期の教育がお互い悪かったということに見解一致。


とにかくは、コドモのころからの友人は特別な存在です。


2011年7月19日火曜日

rain making

Sz_rain 半年間ほとんどSZに触るヒマがなかったので、Tecnoが一段落した記念で掃除。
空気は重いしアルミの殻の中は激暑だけど、ちょっと走ってみるぞーと1kmも走り出すと雨が降り出してそそくさと退散。ところが、そのあとは再び雨が止んでいます。


やっぱり、めったにしないことをすると雨に遭うようです。。



2011年7月13日水曜日

RIP - Bill "WB" Boddy MBE

MotorSportのFounder Editorで、最長老のモーター(スポーツ)ジャーナリストのBill Boddy氏が7日に亡くなった。御年98歳の大往生。
1930年からMotorSportに寄稿し、1936年から91年までの永きにわたって編集者として携わり、Jenksを雇い入れたのも彼の功績ということになっている。
彼のような生き字引、というか骨の髄までモータースポーツが染みた好々爺がいてこそ、イギリスはhome of motorsportsとなり得たはずだ。その功績と一途な人生を賞賛しつつ、ご冥福をお祈りします。



2011年7月12日火曜日

Tecno FB updates(44)

IMG_9309 一昨日は筑波にてJCCAのレースでTecnoを走らせましたが、おかげさまでようやく完走できました。
日本に持ってきてから苦節2年半の努力や蕩尽が実り、ようやくスタートラインに着いたことになります。ここまで支えていただいたみなさんには、あらためて感謝申し上げるしかありません。
<photo by courtesy of Motorpress>




今回は、本来昨秋のFSWで済ませたかったランニングインのため、レヴリミットは5000rpmに定めて予選を走り出します。あまり考えずに筑波仕様のクロースレシオで来てしまい、5000で止めるとほとんどすべての箇所を5速のハーフスロットルで走ることになります。2ヘアは内側縁石を離れたぐらいで3速に入ります。途中でピットに戻ってプラグをチェックしてもらうと明らかに焼け色が薄く、メインを10番アップして終了。気温のせいで水温は95℃に達して昼ごろの決勝が心配になってきます。他車もガスケットが抜けたり、大量の水煙を吹き上げたり。


予選結果を見ると、フルスロットルにすることなく、しかもバックストレッチエンドで140km/hに届かないペース(FFより20km/h遅いレベル)だったのに12秒台で走れました。ひとえに太いタイアのおかげです。


決勝のころにはさらに気温が上がっており、ブレーキだけを暖めながらフォーメーションを終えてスタート。それでも3周を終えるころには水温がほとんど100℃に達します。そのまま5000rpmを維持するとじりじり105℃が近づいてきて、レヴリミットを4000rpmに下げてみることにしました。ところが水温は2℃と下がることもなく、ピットに戻ることさえ考えました・・・が、さらにストレートエンドを空走して冷やしながら単独行。最後はトップには2ラップされる屈辱も味わいましたが、無事13周を走り終えることができたという次第。シンセのオイルで改善余地はあるものの、クーリングは今後の課題となりました。


写真15 帰り道に曳き車の外気温表示をみると、走り始めてからもしばらくずっと46℃。
まさに酷暑の一日でしたが、後味はとても爽やかでした。これまでの経緯を知るみなさんにはよかったねーと激励いただき、日除けに持ってきたテントの中で、いろいろサポートいただいたS先生親子をはじめ、みなさんとお話しする時間も十分にありましたから。
ただし、家に帰り着くともうへろへろ。3時半起きだったこともあり、23時ごろには気絶しました。


みなさま、おつかれさまでした。また次回sun


2011年7月10日日曜日

Tecno FB updates(43)

DSC01729 明日のJCCAに向けて準備完了しました。酷暑の中でのタイア交換は実に辛かったけど。




DSC01730 一方曳き車のXantiaはいつものように夜逃げ風情。
あとは暑さをどう凌ぐかですね。アクエリアス2Lをとりあえずゲットしました。
では、明日筑波でお会いしましょうsun

2011年7月4日月曜日

Tecno FB updates(42)

DSC01728いよいよ来週末のJCCAにあわせて、最終に近い準備をします。
とはいえ、まだちゃんと走ったことがないので、気が付くといろいろやりたいことが出てきます。


 11月のFSWではアッパーカウルの煽りでミラーが振れて後が見づらかったので、アッパーカウルをアンダーから押さえ込むためのダボを付け、さらにラジエーターシュラウドを作って対応しました。




さらにギアボックスのオイルの不足分を足し、エンジンオイルは慣らし中なのでPenzの100%鉱物油6Lに交換し、遊びが少なくて乗りにくかったアクセルワイアを緩め、足回りの増し締めとバッテリーのチャージを。

あとは前日にタイアを本番用に交換してガソリンを入れたら、一応準備完了のはずです。天気が気になりますが、てるてる坊主を吊るすしかできることはないですね。


思えば筑波を走るのは、何と3年ぶり。ロードを掛けてほとんど走ったことがないエンジンはハーフスロットルの5000RPMぐらいからゆっくりやります。皆さんお手柔らかに。


2011年6月20日月曜日

father's day 2011

Brescia2 今年はBresciaの切手を額装して渡しました。
年取って、特段モノに執着しなくなった世代にモノをあげるのは実に難しいことですが、まあ喜んでいたようなので今年も良しとしましょう。ちなみに昨年はあげたのはこちら

2011年5月21日土曜日

Tecno FB updates(41)

DSC01716 平日に休みをとってFSWにTecnoを曳いて行きました。
目的は、貼り直したインマニオーバーホールしてもらったキャブでちゃんと走れるかどうかを確認するためです。




ただし走ったのは、パドックのみです。僕がFSWのサーキットライセンスを持っていないことも理由のひとつですが、持っていたとしても、いきなり本コースで走る蛮勇は持ち合わせていません。
では、なんでそれだけにわざわざFSWまで?というと、フォーミュラにナンバーが付かないから公道を走れないのはもちろん、音が大きすぎて都内のガレージではまともに掛けられないので、結局こういう場所で思う存分テストする方が早いからです。

で、点火時期を34度maxに調整し(4-5000rpmで調整するので、この騒音だけでも自宅作業はNG)、アイドルスクリューを調整してパドックの隅を、転がし用の細いタイアのまま(!)周回します。HAFJでは二次エアにより4000rpm以上吹けませんでしたが、一応1速で6500rpm、2速でも5500rpmまで回せましたので、上のギアでも吹けるでしょう。ギアボックスに若干の問題がありましたが、こちらを潰せば7月のレースは走れそうな感触です。


思えば長い道程ですが、今度こそあと少しだといいんだけど・・。
ではまたgood


2011年5月6日金曜日

Tecno FB updates(40)

DSC01701 本日は、(ひとりでできない)Tecnoのクラッチのトラベル調整を行うために、トレーラーを曳いて都筑へ。マスターシリンダー径を.70"から.625"に換えてみて、クラッチが軽くなるだけでなく、ギリギリで半クラが使えるようになって、ドライバーの負担は大分減らせました。お手伝いいただきありがとうございました>W貫さん、フクちゃん。




一方、現地で落ち合った黄Elan氏のS2DHCは、オイル交換だけのつもりが、旧くなったウォーターホースが裂けるは、Sebringミラーの鏡面が落ちるは、サイドウィンドウのノブが落ちるは、ボンネットのキャッチ部分が割れるは、To-doリストが勝手に増えてました。たまにはちゃんと乗れよ、ということなんでしょう。でも、今がきっといちばんいい季節かもしれない素のElanの良さは、僕にも少しわかった気がします。

おもしろきクルマのなき世をおもしろく。クルマがおもしろくなき世は、げにおもしろくなかりけり。
3次元な無駄を楽しめる最後の時代かもしれないけど、だからこそそれを生きがいとする僕らは、やっぱり昭和のおバカさん・・・なんでしょう。


2011年4月19日火曜日

Tecno FB updates(39)

Alignment2 2週末にわたってちょっとずつ作業して、アライメント調整が完了しました。
特製のアライメントバーとホイールプレート、アナログキャンバーゲージのほかは、糸、ノギス、曲尺、関数電卓だけ。徒手空拳風情は、もちろんいつも通りであります。




あらためて本気を出してやってみると、フレームの製作誤差(あるいは過去のクラッシュ)に起因するピボット位置の誤差が、どうしても吸収できません。でも、ここであきらめると、FF時代より太いタイアゆえにどういうしっぺ返しが来るかわからないので、手を抜けません。
対応策として、フレームを修正いただいたときの計測データを元に、アームピボット部分にスペーサー代わりのワッシャーを挟むことにして、トライアンドエラーを繰り返すと、アップライトのキャスター角を含め、ほぼ完全に左右対称に調整できました。フロント側は10月に作業したまま、完璧な数値が保たれていました。HAFJにてFSWを2周した程度ですが、修正したフレームが元に戻っていないことを確認できたのも収穫でしょう(修正をお願いしたSさんには、ちゃんとジグの上で引っ張れば元に戻ることはないですよといわれていましたが)。

と、こんなわけで、レースが開催されない間もプロジェクトリストがちょっとずつ短くなるのみです。セルフサービスワンマンチームは、かくも時間を要すものなり。


#そういえばSZを重荷から無事解放しました。余震が起こるたびの不安も、ようやく解消されたということです。


2011年4月3日日曜日

RIP - Junro Nishida

saddened to hear the news - the first Japanese gentleman driver to show his real performance in historic F1.
He will be thoroughly missed. Hope he brought his beloved Lotus 77 over to heaven above(with lots of DFV bits).


<source/photo by motorpress>



2011年3月28日月曜日

top heavy

SZeTecno置き場所がない事情はさておき、SZに重い思いをさせていて心が痛みます。
では、どうしてこんなことになっているかというと・・・




Realignment以前適当にやっつけたリアのアライメントを取り直すことにしたから。言い訳がましいけど、ガソリンも使いませんし。

といっても、締めて3.5時間の準備作業で今週末はタイムアップ。
シャシースタンドと薄板で トレーラーの平面を出し、ライドハイトが正しくなるようにフレームを置き、リアのストラットを外してアルミ厚板のホイールプレートを履かせていると、あっという間に時間が過ぎてゆきます。


少なくとも初夏までレースが中止になりましたので、ゆっくりやります。


2011年3月21日月曜日

the aftermath

Gas_crisis 報道の通り、震災の影響でガソリン需給が崩れて、都内のGSには長蛇の列。給油で小1時間も待つなら、手持ちの不要不急なクルマから抜いてしまいましょう。Tecnoの安全タンクは(スポンジが邪魔して)上から抜けないので、電磁ポンプを作動させてキャブの入口から排出しました。


4月末のレースの中止発表でかなりしょげておりますが、こればかりは(特に東日本では)しょうがありませんね。ガソリン需給が持ち直し、世間も落ち着いたら、レースという場でもチャリティに協力できればと思っています。





SP実家に寄ったら、99年にScuderia del Portelloのイベントでいただいたトロフィーをくれました。たしかに重い石の台座も、その上にそびえるQuadrifoglioも鋭利な正三角形。父の書斎の棚に置くにはキケンですので、ありがたくもらってきましたw
これで98年のトロフィー(tipo158のステアリングモチーフ)とペアになりました。


Sakuraウチの庭のマメザクラには、咲きかけの1輪が。
希望の季節であるべき、春を実感します。


2011年3月15日火曜日

we are okay.

3月11日の大震災では、おかげさまでわれわれ(私、両親、近隣の友人たちや同僚など)はみな大丈夫でした。各SNS上でつぶやいていたこともあり、こちらでお知らせすることがすっかり頭から抜けており失礼いたしました。ご連絡をいただいたみなさま、ありがとうございました(ウィーンにアパートがあるから何かあったらどうぞ、というお申し出さえ)。
あらためて、本震災で被災された方々へのお見舞いを、特に不幸にも命を落とされた方々のご冥福をお祈り申し上げます。


We are entirely safe and okay from the biggest earthquake on March 11. Fortunately no damage was done to our family, close friends, colleagues, home and cars.
Our deepest sympathy and prayers go out to all of those who suffered from the quake, especially who lost his/her lives or loved ones.




 


(現実を目前に、もはや余談でしかありませんが・・)
実は震災当日に偶然休暇をいただいており、実家のガレージにおりました。そして、ひとりでできない調整を手伝ってもらうべく、午後早い時間にフェイズワンさんまでTecnoを持ってゆく予定だったのです。
ところが偶然にも、フェイズワンさん真下の角で当日に道路工事をしていることが昼ごろわかり、それが終わる15時過ぎに到着すべく、そろそろガレージの扉を開けようかというタイミングで地震が起こりました。
最初はゆらゆらとめまいのように揺れていたのですが、だんだん強くなり、いつまでも止まず、ふと周りを見るとギアを入れて駐めてあるクルマが前後に大きく揺れています。幸い周囲の棚が倒れる雰囲気もないので上階に駆け上がると、母は机の下に、父は自室の棚を押さえておりました。
ごくわずか、立てかけてあったものが倒れたぐらいで何もダメージはなく、あるいはガス電気水道などのインフラも影響がなく、本当にわれわれは恵まれていました。また、偶然に偶然が重なってその瞬間に年老いた両親と同じ場所にいることができたのも幸運だったと思います。


その反面、今もなお被害全体の把握さえできない中で、被災地で多くの方々が不安な時を過ごしていらっしゃること、私自身が今すぐ直接的に何かをできない無力感に、やり場のない心痛を覚えます。
ここまでの幸運を今回神様から授けていただいた以上、その分を被災された方々やこの国にどのようにお返しできるか、これからの大きなテーマです。


2011年2月21日月曜日

Tecno FB updates(38)

シングル♂としてのお勤め(笑)などで、クルマが疎かとなるこの時期ではありますが、合間を見てちょっとだけTecnoも進捗しています。


(1)Terry spring
DSC01647先週末は、アンダーカウルをアッパー側から引っ掛けておくスプリングが付いていなかったので、オリジナル通りに取り付けました。ボディのエッジにスプリングが直に触れるのを嫌う向きもありますが、僕は気にしません。どうせレーシングカーなんだから。


 






(2)キャブ再装着
DSC01650DSC01618大枚はたいてオーバーホールしてもらった45DCOE14を取り付けて、始動まで漕ぎ着けました。スロットルプレートが凸ネジで残念だったことは以前記した通りですが、せっかくなのでヤスリでネジの余長をシャフトギリギリに、ネジの頭も薄く削りました。


(3)シフトリンケージガイド
シフトレバーからベルハウジング横までジョイントなしの長いシフトリンケージが、ファイアウォールのあたりの継ぎ目でしなるために粘っこくなってしまうシフトタッチを解決したくて、ファイアウォールの位置にガイドを作りました。


DSC01664DSC01666最初は内径20mmの大きなロッドエンドを使うことにしていたのですが、あとわずかリンケージが太くて断念。代わりに、トガシさんで分けていただいたデルリン端材を手作業で加工して、ご覧のようにファイアウォールに装着。
あと少し調整と修正が必要そうですが、もう今週末はタイムアップ。


家に帰るとヴィターレイタリアの案内が来ていましたが、残念ながら僕のGTV6がはまるクラスは相変わらずないので、今回も断念。


秋のHAFJでは、もう少しちゃんとしたクラスで走れるようにロビーイングしてみようかと考える今日この頃です。


2011年2月13日日曜日

king of cool(in his XI)



1959年ごろ撮られた、Steve McQueenと彼のLotus 11のショット。彼の風貌と、ちょっとファニーでキュートな11の風貌とは好対照だ。
キャプションにある通り、この11は彼にとって初めての本当のレーシングカーだったが、これに乗ったことで速さとスムーズさが身に着いて、ドライビングの粗さが取れたと語ったようだ。

2011年2月7日月曜日

purely for finance return, rather than passion...

年15%リターンを目指すクラシックカー投資ファンド話。さらにはPink FloydのNick Masonまで参加するとのこと。Ten tenthsはこちらにバイアウトされるのか。


お金は嫌いじゃないが、何でも投機対象にする考え方は僕は大嫌いだ。もっとも、もう縁がないであろうクルマが対象だから実害はないが・・・まだウチに(投機対象のひとつだという)DB4GTZ "22XKX"があったとしても、違った見方はしなかっただろうな。



2011年2月4日金曜日

another "On Any Sunday" - BRE Datsun 510 Trans-Am 2.5 challenge

1971にJohn Mortonの手でSCCA Trans-Am 2.5 challengeで活躍した、BREダッツン510のドキュメンタリー。"On Any Sunday"的なアメリカ型スポ根とシンプルライフがとても清々しいでしょう?













立場上?僕はHorst Kwech駆るオレンジのAlfa GTVを応援しなければならないが、最後に出てくるLaguna Secaで、燃料タンクをインチキで3ガロン規定オーバーさせていたのがバレて失格となったシーンには、失笑するしかなかった。一方BREのドン、Pete Brockも、レギュレーション上の制約がない燃料ラインをの容量を極端に増やしていたこと(巨大なコレクタータンク?)を後年認めたそうだ。その辺の詳しい話はこちらで。

2011年2月1日火曜日

cheap repairs (to save for the expensives)

こうも寒いと物事億劫になるものですが、世が不況なら自分で直すしかありませぬ。


Na6_2 限界まで減ったまま乗っていた”7諭吉先生”ロードスターのFパッドを、ようやくローターとセットで交換。ガレージは満杯なので、寒風吹きすさぶ屋外にハロゲンヒーターを持ち出し、計1hほどの作業で完了。ローターは7千円、パッドはUSで6千円で調達したshoe stringでしたが、合計で車両価格の20%とはずいぶんと豪華な話です。





sz 一方、先週末に5ヶ月ぶりで動かした旧SZは、内外のペイント経年変化がどうにもならなくなってきました。とりあえず床の浮き錆をワイアブラシで落としつつ、POR15を塗布して進行を止めるのが関の山です。



DSC01609 そして、緊縮財政で浮かせた分はこちらに投入。
手持ちの45DCOE14をフルOHしてもらったのです。2基でしめて10.5諭吉先生でしたが、神々しいばかりになって帰ってきました(以前の姿はこんな感じ)。でも、これでちゃんとTecnoガ走れるようになるなら、まぁ良しとしましょう。

DSC01610ただ、スロットルバルブの取り付けが、オリジナルの皿ネジではなくなり、ずいぶん長いビスになっていたのはかなり残念。
DCOE9のときのように自分で交換を試みたのですが、超強力なスレッドロッカーが使われているようで、ビスがどうやっても外れません。しかたないので、下に突き出したビスをヤスリで少し削ってあきらめることにします。あとは、上部リッドのビスを金色の新品に換えられちゃったのもちょっと(下記の通り、外したパーツは全部戻してくれます)。

DSC01611なおスロットルシャフトは新品に、ベアリングはオリジナルより厚めのフルシールドタイプになっていました。こちらは、長持ちしそうで◎です。

DSC01616外したパーツを全部取り出すとこんなにいっぱい。
スロットルシャフトを検分すると、長年の使用か、あるいは残留応力のせいか反っていました。

結局かなりの投資となりましたが、そろそろこのあたりでヒストリックフォーミュラの神様(いれば)は許してくださると思います。
・・・ってか、そろそろ勘弁してmotorsports


2011年1月14日金曜日

worth visiting - le grande tour du Prince Asaka (et sa Voisin)

voisin


東京都庭園美術館で開かれている「朝香宮のグランドツアー」に、先日めずらしくも両親を連れて行ってきました。今度の日曜日(1月16日)が最終日です。




朝香宮鳩彦王は1922年に「軍事御研究」の名目で(実際は伯爵として身分を隠した、いわゆるグランドツアーとして)渡欧しましたが、翌23年4月にパリから100kmほどドーヴィル寄りの地で、義兄の北白川宮成久王が運転するVoisin 23CVランドーレットで事故に遭いました。この事故で不幸にも北白川宮は亡くなり、朝香宮も現地で長期療養を余儀なくされましたが、結果的にこれが幸いする形で、アールデコ博覧会など最新のフランス文化に触れ、そこで得た知己を生かした後年の庭園美術館の建立へとつながっていきます。


療養をほぼ終えた朝香宮は夫妻でヨーロッパ各地を旅行することになりますが、フランスでは再びショファードリブンのVoisinに乗っています。ふつうなら、同じメイクは縁起が悪いというべきところ、あるいは彼の美的感覚に合ったのかもしれません。ただしフランスからVoisinを持ち帰ることはなく、帰日後は、Hispano-SuizaとDelageに乗っていたようです。(戦前に日本にVoisinは存在しなかったはずです・・たぶん戦後も)
ちなみに、朝香宮のお嬢さんが嫁いだ鍋島直泰氏が、後に自宅ガレージに職工を通わせ、自らデザインしたボディをHispano K6に架装させたことにも、大きく影響を与えていたと思われます。


なお今回驚かされたのは、事故に遭ったVoisinの、無残にもつぶれたラジエーターそのものが展示されていたことでした。どうやら後に入手したフランス人より寄贈されたようです。まさかこれが残されていて、しかもここで見ることになろうとは思いもかけませんでした。


というわけで、ご興味ある方は今週末に足を運んでみてはいかがでしょうか。余談ながら、"a bit ahead"な話としては、最近とみにネタ切れな父のコラムの題材にもなったようです(笑)




2011年1月11日火曜日

Auto Unions in USSR


ソ連にAuto Unionのtype C/Dが多数接収されたことは冷戦中から有名だったが、憶測を超えた情報を目にすることは、壁の崩壊後もあまりなかったと思う。だから、ここのまとまった情報はとても興味深いはずだ。




<要約>
ドイツの雑誌"Oldtimer-Markt"に掲載されたNikolai Alexandrov氏の長年の調査結果によると、1945年の秋に18台のP-Wagenが、BMW 328/Wanderer W25K/SS100/6C 2500/8C 2900と一緒にモスクワの国家自動車研究機関に運ばれたとのこと。現車はここでつぶさに分解・研究され、(Streamlinerを含む)4台は最終的に廃棄された模様。
ほぼ同時期に、スポーツカーの生産を計画していたZISにも2台が送られた。そのうちの1台(16気筒+フリクションダンパー)は廃棄され、もう一台のType C/Dヒルクライマー(+ハイドロリックダンパー)は、彼らの手に余った挙句に放置されたまま、あと少しで廃棄されそうだったところをソ連のクラシックカークラブメンバーにより救い出され、ラトビア/リガのミュージアムを経て近年Audiが(レプリカの提供と引き換えに)入手。
それとは別の4台は、GASでレーシングカー開発に用いられた。こちらは、結局パーツとして使われた模様。そのうちの1台(type D)は1946年6月9日のデモ走行で観客を巻き込んだ事故で全損。
しばらく経った1950年ごろのこと、1台のTypeC Streamlinerを含む3台を、ウクライナのドライバー/コンストラクターのVladimir Nikitin氏が入手。Streamlinerは、Podebaの4気筒エンジンを積んだStreamlinerに使われ、残るオープンホイールの2台は、80年代に最終的にUSのPaul Karassik氏が入手。
・・・ということで、現在ロシアにはあっても、あと3台しかないというのが結論だそうです。bulletin boardでは、これに継いで、Rosemeyerの眼鏡の話などにも拡がっています。
ロシアンコネクションのある方、お探しになってくださいませ(長文おつきあいありがとうございますmotorsports)。

#そういえばTypeC/Dを入手するとてNeil Corner氏が手放したから、80年ごろ日本にW125が来たんだったよな。。。


2011年1月6日木曜日

Greenwood Roadway SCCA club race (probably '64)

とあるUSのメーリングリストで回ってきた昔の映像。
IowaのDes Moinesから南に30マイルほどにあったGreenwood Roadwayというコースで開かれた、おそらく64年のSCCA Club raceだろうとのことです。
550RSやら、23Bや11やら、289やSpeedsterが混じって走り、カニ目の大群に白いOSCA?が混じるFP?クラス、さらにFVee、TR4が多いDP?、最後は'vetteにGenieみたいなのが混じるunlimitedクラスが走ってます。音がないのは残念ですが、いい雰囲気です。











ちなみにこのGreenwood、現在はこんな状況のようです。








2011年1月1日土曜日

2011!

2011 あけましておめでとうございます。


本年もみなさまが脱兎のごとく飛躍されることを願いつつ、新年のご挨拶とさせていただきます。


今後ともどうぞよろしくお願いいたします。


#残念ながら元旦は、朝から晩まで仕事です・・・