2011年4月3日日曜日

RIP - Junro Nishida

saddened to hear the news - the first Japanese gentleman driver to show his real performance in historic F1.
He will be thoroughly missed. Hope he brought his beloved Lotus 77 over to heaven above(with lots of DFV bits).


<source/photo by motorpress>



7 件のコメント:

  1. He runs too fast with his Lotus F1s so he has reached heaven so early..

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  2. ええええええ~!!!!!?????
    数ヶ月前に電話で話したときには、お元気そうでしたのに。。。。。。とてもとても残念です
    ご冥福をお祈りいたします。

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  3. あらためてご冥福をお祈りするのみです。
    1年ぐらい前に一席お誘いいただきましたが、胃を全摘されていたのに、夜中の2時に「よーし、これから焼肉行くぞー」と連れて行かれました・・。
    確かに、ロウソクの両端に火をつけるような生き方を敢えて選んでいらしたのかも知れません。でも、僕らの先輩というかヒーローとして、もう少し永く生きていただきたかった。

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  4. もし宝クジが当たったら、JNさんに頼んでDFVのF1を探してもらうつもりだったのに・・本当に惜しい人を亡くしてしまいましたね。

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  5. >ERさん
    つまりは、何事も急げってことなんでしょう。がんばんなきゃ。

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  6. 西田選手、あえてこう呼ばせて貰います。
    彼の事をいろいろ言う人も居ましたが、僕は彼のその生き様は素晴らしく、ある意味憧れでした。
    国内外レースへの情熱、また皆さんご存知のようにクラシック・ティーム・ロータスとの架け橋と成った彼の情熱は凄まじいものがありました。
    彼の造ったルートで、CTLからサラブレッドF1GPに出場したり、さらにはモナヒスにもスムーズに出場出来た人達も居た訳です。
    彼がモンツァやモナコで走るのを実際に目前で見て、いずれは自分も出場したいと身分不相応な夢を見ました。
    資金的には桁違いのプライベートのフロントエンジンFJクラスでしたが、なんとかモナヒスまでにも出場出来たのも、彼が紹介してくれた英国ヒストリックFJアソシエーションの仲間に入れて貰えたお陰です。
    去年から手術や転移のことも直接に聞いてはいましたが、一時元気そうに病院から戻って来た際には彼も好きだったSL話などもしました。
    その時に何故か今生の別れの予感を感じて他愛も無い話をも長々としました。
    ��L追っかけにお連れ出来ず本当に残念です。
    心より感謝し御冥福を祈ります。

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  7. >Biancoさん
    実は西田さんに対する想いがまとまらずにいたところ、これ以上になく的確に表現いただき助かりました。仰るとおり、生き様ですね。凄まじい情熱と少なからぬ蕩尽で本物に身を置くためのルートを開拓されたわけですが、それらに参加する中で日本のレースを海外と同じ土俵にしていかないと衰退するという危機感を持ってらっしゃいました。だからこそ、心を同じくする(と思った)方に、ご自身のネットワークを共有してくださったのだと思っています。それを単なる生き方のレベルではなく、生き様で示されたからこそ、僕らはある種の憧れを持っていたのだと思います。

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